初めて京都の路地を歩いていて、突然空に高くそびえる煙突を見た時、なんだか妙に心が温かくなるのを感じました。あの煙突から煙が立ち上っているということは、その下に何か温かいものがあるということですよね。公衆浴場(銭湯)でした。
昔は、この煙突が村の道標だったそうです。仕事帰りの人が遠くから煙突の煙を見て「今日も銭湯が開いているな」と方向を定めていた場所。でも今は、その煙突が一つずつ消えつつあります。技術が変わり、都市が過密になり、規制ができて、煙突残酷史が静かに進行中です。

なぜ煙突はそんなに高くなくてはならなかったのか
銭湯の煙突がひときわ高い理由は、単に目立つためだけではありません。ここには煙突効果(Stack Effect)という徹底した熱力学的原理が隠されています。かつて薪や石炭を燃やしていた時代、燃焼効率を高め、煙を近隣住民に被害を与えずに空高く飛ばすために、煙突は最低20メートル以上の高さを確保する必要がありました。
特に東京の場合、地震に備えるため、コンクリートではなく精巧に積み上げられた煉瓦(れんが)煙突が主流を占めました。職人たちが一つ一つ丁寧に積み上げたこれらの煙突は、下は太く上に行くほど細くなる独特の曲線を描き、機能的な建築物を超えた造形美を誇りました。
しかし、燃料が重油やガスに切り替わるにつれて、巨大煙突の機能的必要性はなくなりました。今では狭い金属管だけでも十分に排気が可能になったからです。結局、機能性を失った巨大煙突は維持補修費用だけを発生させる「過去の残影」となり、撤去の優先順位に置かれるようになりました。
撤去費用が賄えない
煙突残酷史の直接的な引き金は、地震対応規制の強化でした。東日本大震災以降、老朽化した煙突が地震発生時に周辺住宅街へ崩壊する危険性が高まったため、日本政府は厳格な耐震診断を要求し始めました。
銭湯がなくなると失うもの
煙突が消えるということは、単に建物が取り壊されることを意味しません。それは地域社会の社会的セーフティネットであり、交流の場であった地域コミュニティの崩壊を象徴しています。
日本には裸の付き合いという言葉がありますね。銭湯という空間の中では、職業も、社会的地位も、貧富の格差も全て脱ぎ捨てて、ただ「人間」として向き合うという意味です。一人暮らしの高齢者の安否を尋ね、近所の子供たちの成長を見守っていた銭湯がなくなることで、孤独死のような現代社会の暗い側面がその空白を埋めています。
「煙突の煙が止まる日、私たちの町の心臓の鼓動も一緒に止まりました。銭湯は単に体を洗う場所ではなく、魂を分かち合う広場だったからです。」
銭湯に初めて行く方のために
東京で煙突のある銭湯を探すなら、巣鴨、高円寺、荒川方面の路地を歩いてみてください。まだ煙を上げている場所が残っています。入浴前に湯船に入る前のかけ湯(体を洗うこと)は必須です。これが日本の入浴作法の基本です。
タオルは湯船に入れないのが基本マナーで、煙突の外観写真は撮っても良いですが、内部撮影は絶対に禁止です。刺青がある場合は入場を断られる場所もあるので、事前に確認してください。秋や冬に熱い湯船に浸かって出ると、その爽快感は本当に格別ですよ。私はそれが日本旅行の中で記憶に残る光景の一つです。